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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)266号 判決 1970年10月21日

原告

日本碍子株式会社

代理人弁護士

田倉整

被告

特許庁長官

佐々木学

指定代理人

板井俊雄

外二名

主文

被告が昭和四三年一二月一九日付で別紙目録記載の各意匠についての抹消登録処分の取消を求める原告の請求は、これを棄却する。

被告が原告に対し、別紙目録記載の各意匠についての抹消登録処分の取消を求める異議申立事件(四四特総第三、〇二四号)について、昭和四四年九月二五日付でした異議申立却下の決定の取消を求める原告の訴は、これを却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一抹消登録の取消を求める原告の適格

請求の原因によれば、原告は本件抹消登録の取消を求める訴において被告が意匠法施行規則第一一条第八項によつて準用される特許法施行規則第六九条に定められた登録した権利を有する者に対する通知を怠つたことにより、意匠法第四四条第三項に定めるところの意匠権者が登録料を追納できる期間内に登録料および割増登録料を支払わなかつたとの要件をみたしたことにならず、いまだ本件意匠権は消滅していないのに被告が抹消登録をしたことは違法であるとしてその取消を求めていることが明らかである。そこで以下、右請求原因に関連して原告の適格上問題となりうべき点を順次考察する。

(一)  意匠権設定登録の抹消登録と行政庁の処分

意匠法第二〇条第一項は、意匠権は設定の登録により発生すると規定する。右規定は、通常たとえ設定登録がされたとしても、意匠登録出願について登録すべき旨の査定すなわち権利を与える旨の査定がされていない場合には権利は発生しないものと解されている。しかしながら、右の解釈は、直ちに設定登録が権利の発生には不必要であるということを意味するものでないことはいうまでもなく、右規定がある限り、意匠は、その実質的な要件である権利を与えるべき旨の査定と、形式的要件としての登録とを具備することによつて、はじめて権利となりうることである。そして、右の考察をさらに敷衍するならば、少くとも意匠登録は、その設定に関する限り、単なる権利発生の確認的な行為ではなく、意匠権を付与すべき手続の一環をなしていることは明らかであり、権利付与行為の一部と解すべきものである。

また意匠法第三六条によつて準用される特許法第九八条第一項第一号は、特許権の移転、放棄による消滅または処分の制限は、登録しなければその効力を生じない旨を規定している。そして、右規定を、前叙権利の設定に関する意匠法第二〇条第一項とあわせて考えるとき、意匠における登録は、その効力発生要件であると同時にその存続の要件であるということができ、右のとおり解する限り、設定登録の場合の登録の効力とその権利が存続するうえにおいての登録の効力とは同一と考えられるから、権利が存続するためには、それが権利として存在しうべき実質的要件と形式的要件としての登録が存在しなければならないことになる。すなわち意匠登録は、権利の存在の単なる表象ではなく、権利が存在するための一つの要件であるといわなければならない。もつとも、特許法第九八条第一項第一号には、登録しなければその効力を生じない権利の消滅の場合として、放棄による消滅のみしか掲げられていないから、あるいは右以外の事由による権利の消滅の場合には、その権利の消滅事由の発生と同時に登録も当然にその効力を失い、かかる登録の抹消登録手続は、単なる事後的な登録事務の処理であるということもできないことはないであろう。しかしながら、権利の存続期間終了の場合のように、その権利の設定の登録のときから、その終期が定まつていて、その存続期間の満了とともに登録も当然効力を失うと考えられる場合は格別、本件において問題となつている登録料の不納による権利の消滅の場合には、少くとも権利の存続中に発生した新しい事実のため当該権利が消滅してしまう場合なのであるから、かかる事由の発生によつて登録もまた何らの手続を要せず、当然に無効になつてしまうとみることはできない。けだし、前叙のように登録をもつて意匠権の発生および存続のための形式的要件と解し、権利の実質的要件と並存させるべきものとするならば、何らの形式的な手続なくして登録が当然無効となつてしまうとすることは、権利存続の形式的要件としての意匠登録の性格を無視することになつてしまうからである。してみれば、意匠に関する登録は、権利の発生の場合のみならず、その消滅の場合にあつても、単に権利の消滅したことを登録上明らかにする確認的な行為であるにとどまらず、権利が存続するための要件の一つを消滅させてしまう行為であるというべきである。したがつて、登録料および割増登録料の不納により意匠権が消滅したことを理由としてその登録を抹消することは、単なる確認的、公証的行為にとどまるものではなく、権利存続のための要件の一つ、ひいては権利そのものを消滅させるための行為であり、意匠登録令第六条第一号が特許庁長官の職権事項として意匠権の消滅の登録を掲げている点からみても、まさに、被告の本件抹消登録は、行政権の権力行為であつて国民の権利義務に直接法律的変動をもたらす効果を有するものというべく、この意味において行政事件訴訟法における行政庁の処分ということができ、同法における抗告訴訟の対象となるものといわなければならない。

(二)  抹消登録処分の取消を求める法律上の利益

(1)  被告は、原告が本件訴において主張する意匠権は法定事由の発生により何らの処分をまつまでもなく当然に消滅しているのであるから、その登録のみを回復しても、何ら権利の実体には関係がなく、かかる登録の回復を求める訴は、法律上の利益を欠く旨主張する。しかしながら、意匠における登録をもつて、権利の発生および存続に関し、その権利の実質的要件とならぶ形式的要件と解すべきものである以上、たとえ、登録査定を経、意匠としての実質を備えていても、登録手続がされない限り、権利が発生し存続することはないのであるから、かかる実質的な権利が存在することを主張して、登録あるいは抹消された登録の回復の請求をなしうるものといわなければならない。もつとも、本件においては、登録の回復を正当ならしめるべき事由は、同時に権利を存続せしむべき実質的要件と同一であり、意匠登録制度上、実質的な権利の存在しない登録は結局無効であるから、実質的要件の存在しない権利につき登録の回復を求めても何ら法律上の利益がないともいえる。しかし、右のとおり、登録をもつて意匠権存在のための形式的要件と解するとき、かかる形式的要件は、また実質的要件をも含む全体としての意匠権の一部であり、たがいに権利の存続に欠くことのできない要素ということにならなければならない。してみれば、本件のごとく、原告がその抹消された登録の回復を求める場合、その訴は必然的にその実質的要件をも含んだ意匠権についての権利の回復の手続を求める性格を有することになり、この点において実質的要件は右請求を理由あらしめる事実となるわけであるから、それはまさに本案において判断さるべき事項であるといわなければならない。

被告の主張は、結局意匠権の登録をもつて権利の実質的要件に付随せしめることになるものであり、登録をもつて権利の効力要件とする意匠法の趣旨に反するものであるから、当裁判所としてこれを採用することはできない。

(2)  意匠登録令第七条で準用する特許登録令第三四条は、「抹消した登録の回復を申請する場合において……」と規定し、登録が不当に抹消された場合、その登録回復の申請をしうることを前提としているものといわなければならない。本件における原告主張の事実のもとにおいては、右法条にもとづき、原告は、被告に対し、登録回復の申請をすることができると解されるので、原告として右申請をしうる限り、直ちにその抹消登録の取消を求める訴を提起する法律上の利益を欠くのではないかとの疑義もないではない。しかしながら、行政事件訴訟法第八条第一項および第九条を総合すると、少くとも法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消の訴を提起することができない旨の定めがある場合において、審査請求に対する裁決を経た後は、たとえ他に不服の対象となつた処分に対する救済の方法があるとしても、その取消を求める訴を提起することができ、かかる訴に対しては、他に救済手段があることの理由をもつて、当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益がないとなし得ないものと解すべきところ、右特許登録令第三四条の規定から類推されうる抹消された登録の回復請求は、意匠法第六〇条の二によつて準用される特許法第一八四条の二に定められた審査の請求とは到底解し得られず、また本件においては、原告が不服を申し立てる抹消登録処分について、異議の申立がされ、その裁決を経ていることは当事者間に争いのないところであるので、爾余の点にわたり判断するまでもなく、たとえ右のごとき救済手段があるとしても、原告が本件訴を提起するにつき法律上の利益を欠くということはできない。

二抹消登録処分取消の訴の提起期間の遵守

被告は行政事件訴訟法第一五条および第二一条の規定からみると、同法は訴の変更に際し、変更前の訴を不適法とする事由があるときは訴の交換的変更のみを認める立場をとつている。したがつて同法第二〇条が訴の追加的変更を認めているのはその変更前の訴たる裁決取消の訴が適法であることを前提としているものといわなければならない。ところが本件では原告は、裁決取消の訴においてその原処分の違法を右取消の理由として掲げており、明らかに同法第一〇条第二項に違背し違法なものであるから前示同法第二〇条に規定する「裁決の取消しの訴え」に含まれず、同条にもとづいて原処分取消の訴の出訴期間が遵守されたとはいえない旨主張する。しかしながら、行政事件訴訟法第一五条および第二一条の規定をもつて直ちに同法が、他の条項においても被告主張のような立場をとつているとの結論を導き出すことには疑問があるといわなければならない。けだし、右両規定は、いずれも特定の事情の下における原告の救済規定であつて、当該特定の場合において妥当な救済がされればその目的を達するのであるから、その救済方法も、その場合に応じた特殊な形態をとる可能性が大であるというべく、かかる特殊な状況に関する規定をもつて、たとえ同一の法律中であるとしても、これを条文の解釈の一般的基準として用いることは妥当を欠くものといわなければならないからである。さらに、同法第二〇条が設けられた理由は、同法第一〇条第二項において、処分取消の訴と、その処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴とを提起することができる場合、その裁決取消の訴では、原処分の違法を理由として取消を求めることができない旨規定し、処分取消の訴と裁決取消の訴についての判断の牴触を避けようとしたことから、誤つて原処分の違法を理由とする裁決取消の訴を提起する者があると予想し、かかる過誤から出訴期間を徒過し、その救済を受けられなくなることを防止するにあると解される。してみれば同法第二〇条における裁決取消の訴には当然誤つて原処分の違法を取消の理由とするものを含むといわなければならない。ところで本件記録上被告は昭和四四年九月二五日付で、原告がなした別紙目録記載の各意匠権の抹消登録処分の取消を求める異議申立事件について、申立却下の決定をし、原告は同年一二月二三日右裁決の取消を求める訴を提起し、次いで昭和四五年一月二八日、右訴に、右裁決の原処分たる抹消登録処分取消の訴を提起していることが認められるから、右裁決の取消請求の理由とするところを判断するまでもなく、右処分取消の訴も、前叙裁決取消の訴の提起のときに提起されたものとみなされ、その出訴期間は遵守されているものといわなければならない。

三抹消登録処分取消請求の本案についての判断

訴外松風陶業株式会社が別紙目録記載の各意匠の登録を受け、昭和四〇年七月二〇日右各意匠権を訴外松風工業株式会社に譲渡し、同年八月一三日その旨の登録がされ、原告は、同日右訴外会社から本件各意匠権について通常実施権の設定を受け、同年一一月一八日その旨の登録がされたところ、被告は、昭和四三年一二月一九日付で、右各意匠権が、それぞれ第二年分の登録料不納により昭和四〇年七月二日消滅したことを理由として、抹消登録をしたが、その抹消登録に先立ち、被告が登録料不納の事実を原告に通知しなかつたことは、当事者間に争いがない。

そこで、右登録料不納の通知をしなかつたことの事実が、被告の本件意匠権の登録の抹消を違法ならしめるかについて考察する。まず、意匠法施行規則第一一条第八項により準用される特許法施行規則第六九条によれば、特許庁長官は、同条所定の通知を、意匠権につき登録料の納付期限を経過した後、意匠法第四四条第一項に定める追納期限を経過しない間になすべき義務を負うものと解される。しかし、登録した権利を有する者に対し右規定による通知がされなかつた場合の効果については、何らの規定もない。そこで、もし原告が主張するように、特許庁長官において、登録した権利を有する者に対し登録料の納付のないことを通知しない以上、意匠権は、登録料を納付すべき時から六月を経過しても、消滅しないと解するならば、納付期限後六月以内に登録料を追納することを許し、もしその追納を怠れば意匠権は登録料納付の期限にさかのぼつて消滅するとする意匠法第四四条第一項第三項の規定は、特許庁長官が登録上の権利者に登録料の納付がない旨の通知をすることを条件とすることになる。しかしながら、右意匠法第四四条第一項の規定は、登録料の納付を怠つた場合に納付期間の経過をもつて直ちに権利を消滅させてしまうのは酷であるので、相当の割増料を徴収することにより、特に、その遅滞の責をまぬがれしめようとする法意に出たものであり、なおまた、同条第三項が、右追納期間内に登録料および割増登録料を納付しないときは、登録料の納付期間の経過の時にさかのぼつて権利を消滅させるべき旨規定している点からみても、右各項の規定をもつて登録料不納の通知を条件とする右期間の伸縮を政令に委任しているものと解することは到底できない。また、意匠権は、その権利者については、その意匠の排他的支配を許し、利益をもたらすものであるが、他面、この意匠を利用しようとする者の利害は、これと相反するのが通常であるから、その権利の消滅について定める法律の規定をもつて、一種の例示ないし訓示規定として、適宜政令によつてこれと異つた定めをしうるものと解することもできない。そうとすれば、原告のように解することは、政令によつて法律を変更した結果をきたすことになり、右の点についての原告の主張は、不当であるといわなければならない。また、原告は、特許庁の事務処理の現状では、通常実施権者その他の利害関係人は、意匠権者が登録料を納付したか否かを知ることは困難でありかつ意匠権者に登録料納付の事実を問いただすことも常に可能であるとは限らず、また、かかる法律上の義務もない。したがつて、もし特許庁長官が登録料不納の旨を利害関係人に通知しなくても、意匠権は意匠法第四四条第一項の期間の経過により当然に消滅すると解するならば、不当な結果をもたらす旨主張する。しかしながら権利についての設定行為もしくは法律の規定によつて登録料を納付すべき者が、その義務を履行しない場合の問題であつて、その当事者間において決せらるべき問題であり、その性質上、第三者たる特許庁長官が当然に義務を負うべき筋合いのものではない。さらに、通常実施権は登録をしなくても、意匠権者に対してはその効力を有するものと解せられるところ、意匠法第二八条第三項によつて準用される特許法第九九条第一項第三項は、通常実施権の登録が、第三者に対する対抗要件としての効力を有する旨規定し、他に特段の規定もない点からみて意匠法の法意は、通常実施権の登録の効果を右の点に限定しているものというべく、もし、原告主張のように、登録された通常実施権者に対しては、登録料不納の通知がない限り意匠権が消滅しないと解するならば、登録の効果を法意に反して拡張する結果となるであろう。

してみれば、特許庁長官において登録料不納の通知をしなかつたとの右施行規則違背の事実があつたからといつて、それが直ちに、登録料の追納期限をすぎても権利を消滅せしめないとの効果をもたらすものということはできない。したがつて、登録料の納付期間の経過により権利が消滅したことを理由に本件登録の抹消を行なつた被告の処分に違法はないものといわなければならず、右抹消登録処分に違法があるとして、その取消を求める原告の請求は、理由がない。

四裁決取消の訴における原告適格

原告は、本件裁決取消の訴において、前記三において判断の対象となつた被告による意匠登録の抹消登録処分に対する異議申立に対する決定(裁決)について、被告が右抹消登録は行政不服審査法における行政庁の処分にあたらないとし、異議申立を却下したのは違法であるとして、その裁決の取消を求めている。ところで、いま右裁決に違法があるか否かはさておき、右裁決において審査の対象となつた意匠登録の抹消登録処分は、前叙三において判断したとおり、適法であつて何らこれを取り消すべき事由がないことが明らかである。そして、原告が本件において右裁決の取消を求める目的は、結局、前示抹消登録処分が違法であるとしてその取消を求めることにあるから、右のようにその原処分について何ら違法性がなく、取消事由を欠く場合には、これに対する裁決の取消を求めることは、法律上の利益を欠くものといわなければならない。

五結論

以上のとおり本件において、原告が意匠登録の抹消登録処分の取消を求める部分については、その理由がないのでこれを棄却し、右処分に対する異議申立についての裁決の取消を求める部分については、その取消を求める法律上の利益がなく、原告はその適格を欠くのでこれを却下することとし、主文のとおり判決する。(荒木秀一 宇井正一 元木伸)

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